3月24日(火)

午前中は佐藤くんとミーティングで、でも今日は佐藤くんのタスクをフォローする時間なので、Claude Codeのことを話したくて仕方がなかったがぐっとこらえて、言うならば『正反対な君と僕』のホンちゃんがたまに見せる口をぐっと閉じる、あの感じで、閉じて、真面目に、タスクの進行について話した。 終えて少しすると高久田さんとのミーティングで、税理士さんだ、マスクをしていたので聞いたら花粉症が大変で、屋内でもつけていたほうがマシなのだそうだ。花粉症の人は、外から入ってきた人が花粉に見えたりしそうだ。それで今日も、今の数字の状況についていろいろ意見を伝えてくださり、前の税理士さんには一切なかったことなので本当にうれしい、ありがたい、前向きな気持ちになる。

話して喉が渇いたのか蕎麦は今日は冷やして食べた。 そのあと、今日もクロちゃんにたくさんのことを教えながら仕事を進めた。

夜、野菜をしっかり、と思ってスーパーに行き、鶏肉、春キャベツ、ズッキーニ、カブ、ピーマンとかを買い、オーブン焼きにするらしく、オーブン焼きをつくるのはすでに野菜がある中でいくつか買い足せばというときが多いので、今日みたいに一から買っていくのは珍しかった。今は冷蔵庫は長ネギと人参だけだった。玉ねぎはあるつもりでいたがなかった。 ちょうど遊ちゃんが帰ってくるところだったのでスーパーの前で合流して一緒に帰り、今日はsneeuwの展示会みたいなやつに行ってきたそうで、買って半年後に届く、みたいな買い方は、僕は知らない買い方だが、未来の自分への贈り物みたいで気分がよさそうだ。 遊ちゃんが先に風呂に入り、僕はバイクを漕ぎ、スパーズとフォレストの試合を見て、普段であればリヴァプールとかパレスの試合が優先されるが、これは降格争いの試合で、最近のスパーズの散々な状況に今は興味が惹かれているのでこれが選ばれて、スパーズはホームがホームに見えない、サポーターたちの圧力が強い、そういう印象だったが前半はいい感じに攻める時間も多かった。しかしフォレストがイゴール・ジェズスのゴールで先制して、またなのか、今日もなのか、という空気が生まれるのが面白かった。よく汗をかいて、最近は漕ぎながら上半身もぐるぐる動かしたり、肩甲骨を開くようなストレッチをしたりすることが多く、そういう漕ぐ以外のこともしているとてきめんに体がぽかぽかになる。体操、というものの効果を知るようになったわけだ。30分漕ぐと風呂に入り、上がると汗が止まらなくなり、最初はすごく温まったのだと思ったが、冷や汗という感じになり、体の内側がひんやりする感じで、汗が止まらず、なんていうんだっけこれ、と思って探したがわからず、遊ちゃんが貧血を起こしたのかなと言ったのを聞いて、そうだ、貧血だ、と思った。それで遊ちゃんのもう一台のパソコンにClaude Codeを入れることに取り組み、とりあえず既存のクロちゃん、遊ちゃんのはクロコちゃんだ、クロコちゃんに段取りを聞くことにして、「こんにちは! いつも遊ちゃんがお世話になっています。僕は遊ちゃんの夫の隆と申します」と挨拶をして、すると「いつもお世話してます笑」と返ってきて、タメ口で話してきた。のびのびしたClaudeだ。それで相談すると、僕はGitHubとかなのかの思ってきたがGoogleドライブでいいんじゃないかということになり、そうなんだ、となった。そうすることにしてローカルにGoogleドライブのやつを入れて、これまでのディレクトリをそちらに移して、シンボリックリンクをどうこうして、とやっていたら突然クロコちゃんとの通信が途切れて、他のAIに教わって回復し、貧血っぽいひんやりした感じはまだ残っていた。無事済んで、両方のパソコンに同じ情報を持ったクロコちゃんが誕生した。チャット履歴だけは同期がすぐにはできないみたいで、それはよしとした。

仕事し、12時を過ぎたところでオーブン焼き。焼いているあいだにあのタスクをやろう、みたいな感じで取り組み、35分が経ってオーブンのところに行くと暗く、34分で止まっていて、つまり、動いてなかった。なのでまた34分仕事して、焼き上がった。試合の後半を見て、まさかの展開で、フォレストがギブス=ホワイト、そして途中で入ってきたアウォニイが決めて3対0だった。アウォニイはめちゃくちゃいいやつそうというか、幸せそうな笑顔をする人で、よかった。ギブス=ホワイトも面構えがとても好きだし今日知ったイゴール・ジェズスもいい面構えで、フォレストの面々はいい顔をしている。最後はトッテナムがというかソランケが怒涛の攻めを見せたがキーパーが怒涛のセービングで防いで、トッテナム、何ひとつうまくいかない。ちょっと気の毒なくらいだった。 今日の解説は水沼さんで、前半が終わると、クリーンな、スペクタクルな、華麗な、というのではないゲーム、順位を争うためのゲーム、ほしいのは結果だけというゲーム、そんな前半だった、みたいなことを話していてよかった。実況の人も好きな話し方で、倉敷さんの次に好きだった。自分の意見を話す実況が好きなのだろう。しかし水沼さんは、もともとはTBSの「東京フレンドパーク」で青とか赤とかの服を着て壁に向かってジャンプをしていたようなイメージが、なぜかあるのだが、そういう活躍もしながら、何十年と、ずうっと解説の前線にいるのだろう、それはすごいことだ、若手の選手上がりの解説者たちも、水沼さんはロールモデルだったりするんじゃないだろうか。毎年毎年新しい顔が入ってくるわけで、解説の座をキープするというのはきっととても大変なことだろう。

3時半になって、ちょっと最近、夜型というのをいいことに夜更かしし過ぎている気がすると思いながら布団に入ってフォークナーを開き、「シュリーヴはおそらくそれを見たことも聞いたこともなかったろう。それに、その時の庭は冬であり、また、そのあとの事件から判断すると、その時は夜でもあったので」と始まり、なんだっけ、と思ってひとつ前のページを読んだ。「今、彼らは二人ともニュー・イングランドの大学の居間にいたのではなく、二人は六十年昔のミシシッピ州のある書斎にいた」とあった。

息子のヘンリーが入って来た時、サトペンはその机の奥に坐っていた。そして二人は―クェンティンとシュリーヴは―考える。父親が話をし、衝撃が収まってその言葉の意味がはっきりしないうちに、ヘンリーの眼に父親の頭の奥の窓を通して、庭をそぞろ歩きする妹とその恋人の姿が映ったのを、ヘンリーはあとで思い出したに違いないと、二人は考えるのだった。 ウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!(下)』(高橋正雄訳、講談社)p.123

とうとうというか、二人が考え始めた。もはやどちらかが語るのでもなく、どちらかが考えるのでもなく、二人が同時に、一緒に、考え始めた。

3月25日(水) ↓