1月29日(木)
昨日よりも眠い。歩きながら「本の惑星」の続きを聴いて会社の話だった。短い時間のなかで続けて「つらい」「つらくない」という言葉が出てきて、沁みた。つらいはすぐにやってくる、つらいを招き寄せないためには不断の努力が要る、努力しているつもりでもそんなのお構いなしにつらいはやってくる。そう考え、それから、内沼さんはコロナのところで経営者としての自覚が生まれたというか真剣に経営と向き合うようになった、僕のそれはきっと今年なんだろうな、今年が本当に勝負の年っぽすぎる、と私は考え、「今年が本当に勝負の年っぽすぎる」というのは去年もおととしも考えていそうな気がして、少し不安になった、しかし質が変わったような気はしている、だからきっと大丈夫、という気はする。大丈夫か滅びるか、という感じだ。それは大丈夫なんだろうか。
店。アイスコーヒーを飲み、売上金の入金をし、いくつか開店準備をおこない、今日も持参した納豆で朝ごはんを食べて開店するとお客さんがとんとんとあって、とんとんと続いて、オーダーも続いて、仕込みをしながらだったこともあるけれどまれに見る忙しさというか、慌ただしさを感じる時間が続いて、休日よりも強度が高い感覚で、全力で駆け抜ける、というふうだった。息継ぎなしでクロールをする感じのほうが近いか。糸数さんがやってくると水から顔を上げてやっと空気にありつけた、という感じに。少し洗い物が溜まっていたのを片付けると僕はいったんドトールに行って勢いよく仕事を片付けていき、戻るとお客さんはひとりだけになっていて、あそこでピタッと止まったらしい。糸数さんに休憩に出てもらい、そのあいだは仕込みをどんどん進め、お客さんが帰られ、誰もいなくなった。やることも一段落したので椅子に座っていると、ビールを飲みたい気持ちを感じた。 糸数さんが戻ってきて、それでいくつか指示を出したりなんとなくおしゃべりをしたりしているとビールを飲みたい気持ちが強まっていくのを感じ、高い強度で働いたからだろうかとも思ったが、わかった。座ったところから見る、夜の、誰もいない店内。これは閉店後の店内と同じ光景で、それが僕にとってビールのトリガーになっているらしかった。パブロフの犬め! と自分を罵りながらビールを開けてパンクIPA。こちらはブリューの犬だ。 そうしていると今日は休みということにしようかなというおかしな考えがやってきた。今は7時だ。でも休日を始めるのに遅すぎるなんてことはない。休もう、そう思ったとき、それが休日なんだ、と考え、出、スーパーでビールと手巻き寿司とポテチを買って帰り、家の扉を開けると正面が遊ちゃんの部屋で、引き戸を全開にしていて、寒くはないのだろうかと思い、遊ちゃんは仕事をしていたので、手に持ったポテチの袋を小躍りしながら見せた。それから風呂を汲んだ。 遊ちゃんが仕事を切り上げて部屋に来て、『正反対な君と僕』のアニメを見てみたんだと言った。切り上げたのはアニメ視聴だった模様。気に入らないところがあったようだ。アニメの文法というかアニメらしい演出のところがなんだか白けるみたいなそんな話だっただろうか。阿久津くんも見てみるかとなり、僕は従前から繰り返し申し上げておりますとおりこのアニメを見るつもりはまったくない。とにかく声が上書きされるのを恐れるからだ。でも無音でならいいかもという気になり、本当に無音で再生されるかを向こうで確認してから来てくれ、と私は妻に命じた。それで念入りに無音確認をしてくれた遊ちゃんがやってくるとたしかにそれは無音で再生されており、そして懐かしい顔があった。鈴木とサトとナベと山田と平がファーストフード店にいる場面で、これは原作にない場面だ。何が話されているのか知りたい。たしかに無音で見るというのはひとつかもしれない、考えてみたら漫画だって無音だ、という気持ちになり、遊ちゃんに尋ねてみると字幕もどうやらつけられるそうだ、字幕モードにした遊ちゃんが今の場面で発せられていた台詞を教えてくれて、谷って頭いいよな、俺たちとは住んでる世界が違うよな、東大とか受けるのかな、みたいな言葉が遊ちゃんの口から発せられ、それを聞くと僕は、 「彼らは、そんなことは、言わない」 と静かに、しかし決然とした口調でそう言って、ゆっくり頭を振った。
頭を振っているとお湯が溜まったので入ってパレスとチェルシー。マテタとペドロ。ジョンソンとエステヴァン。ウォートンとカイセド。ラクロワとチャロバー。チャロバーが去年はローンでパレスにいたことを思い出す人は今ではほとんどいなかった。風呂から上がると休日開始で机に手巻き寿司とビールを出して、開けて、『サンクチュアリ』を開いた。昨日の夜に机の上で背表紙が上になる置かれ方をしていて、ふと目をやったときに「女子大学生殺人事件」という文字が見えてしまって、それは僕は本当にこういう情報は嫌だった、まだ女子大学生は死んでいなかったし、登場人物にいる女子大学生というとテンプルしかなかった、つまりテンプルが殺される話なのか? と思って、そういう予断は持ちたくなかった、余計だ、その思いが読書をなぜ加速させるのかわからないが、もっとぐっと読みたくなって、なので今日は長々と『サンクチュアリ』を読もうの時間となったわけだが、昨日から気になっていることがもうひとつあって先の丸まった朱色っぽいまろやかな赤鉛筆での線が時々引かれていることで、僕は三色ボールペンの時期はあったが鉛筆を持つ時期はなかった、でも古本で買ったとも思えないし、誰かに貸したとかなのだろうか、本の貸し借りなんてほとんどしたことがないからそれもない気がする、覚えていないだけで僕なのだろうか。そう思っていたが、「ぼくには暢気(のんき)に傍観してられないんだ、眼の前で不正義がのさばるのを」というところにも赤い線が引かれていて、しかしルビと読点をのところは律儀に途切れさせていて、僕のものではないことを確信した、この律儀さは僕ではあり得ない。実際、この時期は僕は三色ボールペンだったようで、僕が引いた線というのは「始点さえわかればあとはズレてOK」という方針の、グラグラと文字や行を平気でまたいでいく極めて雑な線だった。こんなゆっくりとした、静かな、丁寧な線の引き方を僕がするわけがなかった。 手巻き寿司が終わるとポテチを開けてフラ印。ホレスとミス・ジェニイが話しているところだけ和らぐ。ビールは3本。ポテチの大袋は食べごたえがあって長い時間食べていられて幸せだった。ポテチが終わりビールが終わると部屋にはもう用はないと思ったらしく、歯を磨いて布団に入った。ずいぶん早いねと遊ちゃんが言って、時間を見ると11時半でたしかに素晴らしく早かった。横たわるとまた続きを読み、でもすぐに寝た。