2月4日(水)
昨日は結局寝たり起きたりを繰り返してうまく眠れた実感はなく、なんでなんだと思うが、なんでなのかがわかったところで寝不足から回復できるわけもないので、究明は後、アイスコーヒーが先。淹れるとふたつミーティングをして、それからよく働く。昼はうどんを食べ、今日も『Number』を読む。午前中に出た遊ちゃんも帰ってきて、ふたりで眠いねと話す、僕は昼寝も視野に入れていたが、眠らずに働き通し、夕方になると家を出る。幡ヶ谷に行く。 北口の階段を上がると途中でパチンコ屋があり、前はTSUTAYAだったところだ。毎日パチンコ屋を至近距離で見させられる暮らしはちょっとうるさいだろうなと思いながら扉の前に出ると、「誰でも喫煙所」みたいなステッカーが貼られていて、なるほど、たしかに、これがあると、僕のような、喫煙所を探す民にとっては、救いになるわけだ、と考えた。僕はこれまでの人生でパチンコ屋に入ったことはないが、いつか入ることになるかもしれない、と思わせられるステッカーだった。 地上に出、土地勘というのは鈍るもので、六号通りの商店街の入り口はどこだ、としばらく右往と左往をしてからどうにか入り、まっすぐ歩いた。バーがあり、八百屋があり、飲み屋があり、チャーミングな通りだ。記憶していたよりも早く水道道路にぶつかると右に折れて幡ケ谷社会教育館はすぐで、期日前投票だった。2階に上がり、リュックの中でクシャッとなってしまった用紙に名前を書き、最初は小選挙区、そのあと比例と裁判官のやつ。係の人が説明をしてくれて、特に裁判官のやつは説明が長めで、全員にこれを話すのかと思うと大変だ。なぜこんなことを人間にさせているのかが理解できない。とはいえ、なんらかの機器からずうっと同じ音声が流れていたらそれはそれで気持ち悪いだろう、いる人が参っちゃいそうな気もする。高校生のときにダイエーの中のミスドでアルバイトをしていた。プロ野球シーズンが終わると鷹感謝祭みたいなやつで延々とダイエーホークスの応援歌が流れる時期があり、あれは辛かった。
久しぶりの幡ヶ谷はなんだかよかったというか、幡ヶ谷というか六号通り商店街だけだが、冬の、夜になる時間の、そこを歩くのはなんだかよくて、ひと駅乗って初台に行ったら初台は新鮮味がなかった。そう思ったが、それもそのはずというか、駅の階段を上がると駅の建物に沿って横に移動してドトールに入ったのだから、初台を感じるも何もなかったわけだ。 ドトールで1時間くらい働くと店に行って糸数さんと交代。夜はポツポツとお客さんあり、今日も楽しく働いた。 店を閉めると業務としてのビール消化で、早く冷蔵庫にスペースをつくって、みんながより快適に働けるようにしなくっちゃ。
次もフォークナーを読もうと思って本棚を見、『アブサロム、アブサロム!』かと思われたそのとき、『死の床に横たわりて』が見えて、その瞬間に胸が高鳴るのを感じた。そうだった、僕これ、すごく面白かったんだ、というのを思い出して、なんだか楽しみで緊張してくるほどだった。 それで帰り、スーパーで豚肉等。豚バラではなく豚ロースにして、豚バラは今日は脂っこいかなと思ってのことで、先週とかに豚バラでもたれたのが尾を引いているらしく、こういうのも老化だろうか、という少し昏い気持ちも覚えながら、夜道は静かで居心地がよかった。夜はやさし。僕は隆。 帰り、シャワーを浴びると豚肉と長ネギと舞茸を牛丼みたいな味付けで煮るやつと小松菜と玉ねぎの味噌汁をこしらえ、あとはキムチと昨日のブロッコリーのくたくたで晩ご飯で、シティとスパーズの試合の続きを見て、0対2で前半が終わるとトッテナムサポーターのブーイングがスタジアムに鳴り響いて、フラストレーションが溜まっているようだった。しかし後半に入ってずいぶん様子が変わった感じだった。ロースよりも豚バラのほうがやっぱり好きかもしれない、と思いながら食べた。食べ終えると「ときにはそれが正しいと知ったら、ただそれだけのために何かしようとするものなんだ、ひどくゆがんでいるものをなおすにはこうする必要があると知ったときは、そのためだけで動くものなんだよ」とホレスが話していて、ホレスがかっこいい。登場したときは、わけのわからない話をまくしたてる愚かな酔っぱらいという感じだったが、勇ましい。それにしてもここまで来てもなお、どうやって物語が着地するのかまるで読めない。僕はもちろん、いい結末であってほしい。できたら誰にも死んでもらいたくない。