2月10日(火)
目覚めて、目を開けていると、5時半に遊ちゃんのアラームが鳴って、遊ちゃんはその一発で起きて、なんという目覚めのよさだろう、と感嘆して、おはよう、と声をかけた。 遊ちゃんは6時半とかには家を出て、僕はそれまで布団にいたが、眠いがそんなに眠くもなく、そして労力をかけて再び眠るよりも起きてしまう魅力のほうが強く、起き上がってアイスコーヒーを淹れた。今日は9時半からミーティング続きで、9時半が始まれば夕方まではきっとそのまま時間が否応なく流れる、そう考えると「9時半までの時間」という塊が浮かび上がり、それが魅力的だった。そして実際、その時間は極めて有効に使えて、9時半までにここまで終わっちゃった、と驚く、鮮やかな朝だった。朝もいいものだ。慣れの問題かもしれないがそのあとがあるというのはプレッシャーにはなるもので仕事を進めながら9時半が近づいてくることを焦る気持ちもありはした。夜であれば、夜は無限だから、こうならない。
それで 1・9時半から4つで12時 2・13時から14時半 3・15時半から16時 と人と話し、少し昼寝、スーパーに行き、風呂に入り、夜は開発系の細々としたことをやり、ひとつはAndroidのバグ修正で投稿の文章の最後のほうが途切れるというもので、思ったよりも手こずった、最終的にはpaddingEndを1行追加することで解決し、試行錯誤の末に1行のコードに辿り着くというのは気持ちのいいものだった、それから本当に細々としたことをやり、なんとなく放ってしまっていたタスクを消化できてよかった。すると今日必ずやらないといけないものはなくなった気がした。遊ちゃんが帰ってきて、国会図書館のデータベースにAIにアクセスさせていろいろ調べさせる話を聞いてきたそうでその話を聞き、その遊びをやっている人から、なにか調べたいことはありますかと聞かれ、遊ちゃんは縄文時代のファッションと応えたそうで、それに感心してしまった、僕はこういうとき、なんにも思いつかない人間なので。それで、その話が多分トリガーになって、そうだ、今日あれを試してみよう、と私は考え、そして夕飯に取り掛かった。大根と長ネギを味噌汁にして、メインは久しぶりに温しゃぶサラダで、キャベツと玉ねぎと人参は蒸してみた。いつも、茹でるとしゃばしゃばになるし、それをしぼったらスカスカになるし、最適解はなんなのかと思っていた、今日は蒸してみた、多分これが正解だった、豚肉をしゃぶしゃぶし、載せて、タレを掛けて、完成で、おとといの大根のおかずとキムチも出して、味噌汁とおかずで大根が被っていることは認識していたが、キムチもカクテキだ、大根祭りになった、ブライトンとクリスタル・パレスの試合の続きを見ながら食べて、グエイが抜けてラクロワのリーダーシップが引き出されたような気がして、チームメイトを鼓舞する、スタンドを煽る、張り切る、かっこいい。グエイが抜けたこともそうだし、パレスにいいニュースがない、骨抜きになっていくばかりだ、その空気に抗っているのかもしれない。
ご飯を終えるとあれを始めてMCPサーバー生活だ。ClaudeDesktopをインストールして、Notionのインテグレーションをつくり、言われたとおりにやっていくのだが、そもそもAIによって言う段取りが異なり、何を信じたらいいかわからないままあれこれ試しているとお腹が痛くなって、お肉に火を通すのが短かっただろうか。トイレでは今日ストレッチ中や調理中とかに聴いていた「ゆるコンピュータ科学ラジオ」のPol.isの回を聴いて、聴けば聴くほど感心する、とても面白そう、『PLURALITY』も読んでみたい、と思い、トイレから解放されるとMCPサーバーに向き合い、けっこう手こずった、しかしどこかであっさり通り、ClaudeとNotionがつながった。そこで「今日の僕のタスクはなんですかね?」と問うてみると、なかなか時間がかかり、試行錯誤している様子が見て取れて、どうにか「阿久津さんの今日のタスクはこれこれ」と、おおむね正しく教えてくれて、それは面白いことではあったが、これじゃあダメだ。こんなんだったら自分でNotionを見に行ったほうがずっといい。タスクのデータベースは2万6000件とかのレコードがある、これが重すぎるのかと他のAIに尋ねるとやはりそうなんじゃないかということで、試しにずっと軽いデータベースを繋げてそれについて訊いてみても、やはり妙に時間が掛かり、Notionを読むのは大変なのかもしれない、最終解決を期待していたので少しシュンとする、工夫が要りそうだ、眠いので布団に入ってフォークナーを開き、キャッシュの語り。
俺がわざわざ斜角をつけたのは 1・釘をしっかりもたせるため。 2・継ぎ目ごとに、倍の接面ができるため。 3・水もはすには入りにくいため。水が一番入り易いのは、上から下へか、まっすぐに横切る時だ。 4・人間は家の中にいる時間の、まず三分の二は、つっ立ってる。だから、家の継ぎ目も合わせ目も上下にできてる。重味が上下にかかるからだ。 5・寝台では、人間はしじゅう横になっているから、合わせ目も継ぎ目も横になってる。重味が横にかかるから。 6・ただし。 7・人間のからだは、横まくら木みたいに角ばってはいない。 8・動物磁気。 9・死体の動物磁気で、重味が斜めにかかってくるので、お棺の継ぎ目、合わせ目には、斜角をつけるのだ。 10・古い墓を見ると、斜面が斜角がついて沈んでゆくことが判る。 11・いっぽう、普通の穴だと、重味が上下にかかるから、中心が沈む。 12・というわけで、お棺に斜角をつけた。 13・そのほうが仕事もきれいに上がる。
ウィリアム・フォ-クナー『死の床に横たわりて』(佐伯彰一訳、講談社)p.90,91
とあってぶるっと震えると次がヴァーダマンの語りで「母ちゃんは、サカナだ。」という一文だけでまたブルっと震えた。