2月20日(金)

疲れが溜まってきたのか、ダメな一日だった。背中が痛く、背中が寒い、背中がずっと気になったのもあって、そして気持ちが倦んでいる感じがあって、あまり仕事に集中できない日で、日が暮れるとReadsにポップアップでフヅクエの案内を流すやつの実装を始めて、何が不安なのか、やり始めてもあまり気が乗らない感じになって、何か、見えなさがあるみたいだった。あとはやはり単純に、人の目を奪って何かをアピールするみたいなことがどうしても苦手というのもあるのだろう、抵抗があるみたいだった。実装自体は簡単に済んだが、載せる画像をどうするかとか、そちらが主に考えるところになった。

夜になると風呂に入り、上がると風呂を洗って、遊ちゃんは7時間とかをかけて岩手から帰ってきているところだった。あと10分くらいで家に着くと聞いたところでお風呂を汲んだ。僕はPIVOTの塩貝健人の回を聴きながら夕飯を準備しているところで、瀬古歩、後藤啓介、小杉啓太と最近立て続けにPIVOTのインタビューを見ていてどれも面白い、どの選手も面白かったけれど小杉は貫禄がすごくてすごかった。塩貝も好みの話し方をする人だった。大根とがんもどきとしいたけを煮物にして、人参と生姜をラペにして、ほうれん草を味噌汁にした。遊ちゃんが帰ってきて、東京が好き、と言った。昨日の夜は盛岡で、盛岡は大好きな街だが、エモーショナルになりすぎる、思い出が強すぎる。昨日の夜は吉浜食堂に行って、やっぱりどれもおいしかった。今朝は六月の鹿というお店でコーヒーを買った。昨日の夜のホテルでは、出張のときはいつもそうするように、うっすらテレビをつけて眠った。昨日はフィギアスケートがやっていたのでそれを見ていた、きれいだった。冬のオリンピックはウィンタースポーツが多いんだね、と遊ちゃん。僕は黙って聞いていた。でもたしかに、冬のオリンピックでマラソンをやってもいいのかもしれないし、もしかしたらそういう案も出たりしているのだろうか。だんだん、すべてのオリンピックが冬に寄せられるかもしれない。冬季夏季オリンピック、冬季冬季オリンピック、みたいになっていくのだろうか。

それでマグロの刺身、大根とがんもどきとしいたけの煮物、ブロッコリーのくたくた、人参と生姜のラペ、ほうれん草の味噌汁で晩ご飯で、ブライトンとアストン・ヴィラの試合をなんとなく見ながら食べて、食後はまた開発というかポップアップの作業に戻り、2時半くらいで作業を切り上げて布団に入ると遊ちゃんの横に寝てフォークナーを開いた。サトペンという覚えのある名が出てきて、それからクェンティンはふたりに分かれているそうで、それは「南部で、一八六五年以来死んでおり、望みをくじかれて怒りわめいている亡霊たちの群がっている深南部(デイープ・サウス)で、ハーヴァード大学に入る準備をしながらも、大抵の亡霊のようにじっとおとなしくねているのを拒否して、彼に昔の亡霊たちの時代の話を聞かせようとする亡霊の一人の言葉に耳を傾けずにはいられないクェンティン・コンプソン」で、もうひとりは「まだ亡霊扱いされるには若すぎるが、それにもかかわらず、彼女と同じく深南部に生まれ育った故に、いずれにしろ亡霊にならなければならないクェンティン・コンプソン」とのことでふたりは今「人間とはいえない人間たちの長い沈黙の中で、言葉とはいえない言葉で、語り合っている」らしかった。

それはこんなふうだった。どうやらこの悪魔は――その名前はサトペンといった――(サトペン大佐)――そう、サトペン大佐だ。その男はどこからとも知れず、なんの前触れもなしに、一団の奇怪な黒んぼどもを連れてこの土地に現われ、一つの農場を造った――(ミス・ローザ・コールドフィールドにいわせると、一つの農場を乱暴に引ったくったっていうことだ)――そう、乱暴に引ったくった。そして彼女の姉のエレンと結婚し、一人の男の子と一人の女の子をもうけたが、その生ませ方には――(ミス・ローザ・コールドフィールドにいわせると、少しのやさしさもなしに生ませたっていうことだ)――そう、少しのやさしさもなかった。そして、その子たちは彼の自慢の宝石に、老後の楯とも慰めともなるはずだったが、残念ながら――(その子たちが彼を破滅させたのか、それとも彼が子供たちを破滅させたのか、なんともわからないが、とにかく死んだ)――そう、死んでしまった。ミス・ローザ・コールドフィールドにいわせると、だれからも悔まれずに――(彼女以外はだれからもだ)そう、彼女以外はだれからも。(そしてクェンティン・コンプソン以外は)そうだ。クェンティン・コンプソン以外は。 ウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!(上)』(高橋正雄訳、講談社)p.10,11

なんなのこれかっこよすぎ! と思うと満足して寝た。

2月21日(土) ↓