2月24日(火)

午前中は佐藤くんとのミーティングで、喉が渇いていたのか、ミーティングに遅刻してまで淹れたアイスコーヒーはすぐに飲み干された。 家の家賃を振り込もうと思って口座を見たら足りず、やり繰りした。 うどんを食べたら温かく、優しい気持ちになった。 もうこんな生活は終わりにしたい、と私は考えた。

今週は焦点がぼやける感じがあり、昨日はイベントとシフトで、明日は調停で、金曜も外の時間が長く、うまく過ごせない予感だ。気持ちも張りがなく弛んでいる。どうせひとつのきっかけでピンと張るのでこれはこれでよかろう。物事がうまく前に進まない。 溜まってしまったので本の登録業務を1時間くらいやり、今の形はユーザーにとっても僕たちにとってもよくないやり方だ。とりあえずユーザー自身で登録できて、登録されたらこちらに通知が来て、情報を整理するとか、重複していたら差し替えて削除するとか、不適切なものだったら削除するとか、そういう流れのほうがいいかもしれない。でもそれも検索の改善の後だろう、今は、出るべきものが出ないことによって投じられているリクエストが半分くらいはある。検索がヘボすぎる。ヘボいってなんなんだろう。ヘボン式。ヘラルボニー。

倦怠した気持ちのまま着実に仕事を進め、先週の日記の仕上げをしていたらふと、「そうそうそうじゃそうじゃ」のところで、『犬が星見た』の銭高老人の姿もあったろうけれど、何かを感じて日記内を検索してみたら出てきて、読書日記をつけ始めて4週目に出てきて、おったまげた。神田とかのギャラリーで父が絵画教室のグループ展で絵を出していてそれを見に行って、友だちと会うとかまでの時間で喫茶店に入って読んで読み終えた時間がそれなりのリアリティで立ち上がって、突然10年前の時間と出くわして、驚いた。大学生の時以来だと思っていたらもう一度読んでいたわけだ。

一区切りつけると遊ちゃんと買い物散歩に出て、ゆっくり歩くために遠くのスーパーに行きたい気持ちにもなったが、今の時間や、残りのやることを考えると、いつものスーパーで済ませることにして、豚肉とか白菜とかを買った。 遊ちゃんと、明日調停何時だっけと話し、「明日調停何時だっけ」って、なかなか言う機会のないフレーズだ、と私たちは盛り上がり、帰ると風呂に入った。リヴァプールとフォレストの試合はフォレストが主導権を握るような感じで、リヴァプールはボールがつながらなかった。僕が風呂に入っているあいだに遊ちゃんはスープをこしらえ、白菜と豚肉とキクラゲとかのスープで、最後に花椒を入れたら味がよくなったということで、それを風呂場に伝えに来た、なので上がると少しスープをいただき、やっぱりすごくおいしかった。炭酸を飲みながら、チャーリー・パーカーとマイルス・デイヴィスの『Birdsong』を聴きながら、仕事をひとつずつこなしていき、気持ちはぼんやりとしたままだった。 夕飯の準備に入る前にするにはうってつけだと思い、RN0.77でのiOSとAndroidのビルドを走らせてからキッチンに行き、ぺらぺら人参、キャベツのコールスロー、菜の花とえのきの味噌汁、それから豚肉と白菜と長ネギを牛丼味で煮たやつをこしらえ、ずいぶんつくるものだった、その間もノッティンガムではサッカーの試合がおこなわれていて赤いユニフォームのチームと白いユニフォームのチームが走り回っていて、今日のイングランドは珍しく晴れていて午後だった。晴れた午後の芝生のボールを追うスポーツを見ていると時々、両親が休日の午後にラグビーを見ていた時間が浮上して、あの時間には不思議な静けさがあった。選手たちの大きな声が独特の聞こえ方で聞こえる感じが、静けさを際立たせた。

煮込む時間になると部屋に戻って様子を見て、エラーが出ているので少し触って再ビルドして、という動きを何度か繰り返して、ほどよく煮詰まると食事の時間にした。試合はスコアレスのまま進んだが最後にエングモアが素敵な抜け出しから柔らかい素敵なクロスを上げてそれをエキティケが頭で合わせたがキーパーが止めてこぼれたボールを相手がクリアしようとするタイミングでマクアリスタが上手に背中で当たりにいって、それがゴールに入った、と思ったらVARで肘に当たっていたということでハンドを取られた。それで、もうアディショナルタイムも終わりだ、ラストワンプレーだ、というところでソボスライが前線にぽーんと長いボールを蹴ってそれをファン・ダイクが頭で折り返してまたマクアリスタの前にボールが来てきれいに蹴り込んで決めた、と思ったらVARでオフサイドかどうかというところだったが靴が少しだけ出ていた分でオンサイドで、それで試合が決まって劇的な終わりで、ミシシッピ州ではクェンティンが家のベランダで父コンプソン氏とともにベランダに腰掛けて、「一九〇九年のその日、たいていはすでに知っていた話を、ただじっと聞いていた」。

なぜすでに知っていたかといえば、一八三三年のあの日曜日の朝、あの教会の鐘が鳴りひびいた時の空気と同じ空気の中で生まれ、今だにそれを呼吸していたからで、また彼が日曜ごとに聞くのは、その時と同じ尖塔に最初からあった三つの鐘の一つでもあり、しかも尖塔の屋根にその時の鳩の子孫たちがくうくう鳴きながら歩きまわっていたり、あるいはその上のやわらかい夏空の中を、ゆるやかに絵具のしみでも流すように、小さな円を描いてぐるぐるまわったりしていたのだから。

ウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!(上)』(高橋正雄訳、講談社)p.46,47

記憶がその場自体に備わっているという感じ大好物。

2月25日(水) ↓