2月26日(木)
午前中はミーティングで、目標と期待を形にして示すことをした。遅くなってしまったが、何事も始めるのに遅すぎるということはない。遅きに失するという言葉はある。 昼、うどん。遊ちゃんは髪の色が気に入らないそうで、ムラサキシャンプーというので色を落ち着けることをしたいそうだ、今はヤンキーみたいだと感じているようだ。ヤンキーとか好きじゃなかっけと訊いたら好きなのはヤンキーではなくギャルとのことだった。そうだった。
午後、打ち合わせ、それからミーティング。という感覚はなんだろう。対外的なものは打ち合わせという感じがあり社内的なものはミーティングという感じがある。打ち合わせは打って合わせる、ミーティングは会う。全部打ち合わせという言葉を使ったほうが物事が前に進むかもしれない。 夜になるころに遊ちゃんと買い物に出て、ムラサキシャンプーとムラサキスポーツは関係あるのか、と僕は尋ね、ムラサキスポーツに問い合わせてみたら、と遊ちゃん。プルコギの味付きのお肉と炭酸。帰ると僕は風呂にすることにして6時半で、ずいぶん早いものだ。昨日から見ているマンチェスター・シティとニューカッスルの試合を見ながらで、シティの水色に対してニューカッスルは濃いブルーで、ファーストユニフォームの白と黒のやつのほうがよかったのでは、と僕。いろいろな事情があるのさ、とヴォルテマーデ。シティの水色のユニフォームはきれいだなあ、と僕。だんだん見慣れてきたかい? とセメンヨ。オライリーが2点を決めて、力強いユーティリティプレイヤーだ。
上がると仕事に復帰して、ひとつ取り組もうとしたものがどうしても進まないので、今日は諦めて別のタスクを潰していった。これはいい判断で、キャンセルする判断力というのはサッカーでも大切だ、と聞いたことがある。 風呂が温かいうちに、と思ったが遊ちゃんは風呂はムラシャンが届いてから入る、ムラシャンの到着を待ちながら、疲れているらしく、夜の昼寝をしていて、配達状況によればまだ配達中にもなっていない、配達所にも至っていない、もう夜だ、これから届くなんてあるのだろうかと遊ちゃんは心配している、僕は外に出て置き配されていないか見たり、ポストを見に行ったりして、どうしてなのか、遊ちゃんにムラシャンが届きますようにと思っていた。明日は出社らしく僕は帽子を被ったらいいのではないかと言い、帽子を持っていないと言うので僕の帽子を貸そうかと言うとそうしたら阿久津くんが外に出られなくなると言うのでそれは本当にそうだ、僕は帽子がないと外に出られない、だから貸すことはできない。では、お得意の茶色いほっかむりをしていればいいのではないかと提案するも、オフィスでほっかむりを続けることはできないと言い、そうだ、オフィスでほっかむりを続けることはできないと僕も繰り返し、であるならばムラシャンの到着を待つより他なかった。僕は遊ちゃんのハイライトの入った髪をすっかり見慣れて似合っていると思っているが遊ちゃんは馴染まないらしくて、そういうのは当人の感じ方がすべてだ、気持ちの悪いまま外に出るとかが気持ちの悪いことだというのはよくわかる、その心細さ、頼りなさ、情けなさの感じはよくわかる、だから僕は今日遊ちゃんがムラシャンを受け取ってグッバイイエローを果たせますようにと祈る者だ。しかしムラシャンはなかなか来ず、配達状況は一進一退で、実際、え、今ちょっと引き返した? みたいな動きがステータスの線にあったから一退があった。こんなに待望されるムラシャンは幸せ者だ。今日の調布で、間違いなく最も待望されているムラシャンだった。 9時になり、配達中になり、少しずつ、近づいてくる。僕は玄関の覗き穴から外を見て、覗き穴に目を当てるというのは少し時間が経つと怖い行為になっていく。一方的に見ようとするというのは怖いことだ、何が怖いのだろうか、そこにこちらを見返す新たな目が登場することか、あるいは外廊下に、見るべきではない何かが登場することかもしれない。可能性に開かれた状態が怖い。恐怖は可能性のなかに生じる。想像力のなかに生じる。人間から想像力を奪えば恐怖は存在しなくなる。遊ちゃんの昼寝は長く続いて、疲れが溜まっているみたいだ。 10時過ぎ、トイレに入っていると、ことん、という音が聞こえた気がした。気のせいかとも思いながら玄関を開けて顔を外廊下に出してみると、厚手のクラフト紙の封筒が置かれていた。取り上げて、両手で持って寝室にそろそろと入り、それを掲げて、遊ちゃんが目を開けるのを待ったが、開けないので、指でパタパタ封筒を叩いて音を出して、それで起こして、すると起きて、届いた、と遊ちゃんが安心した。その安堵の価値を僕は知っている。
遊ちゃんはムラシャンを持って風呂に入り、僕は夕飯をつくり、プルコギの肉と野菜の炒め物と、ほうれん草とえのきの味噌汁をこしらえ、あとはぴらぴら人参とキャベツのコールスローで、できるとサッカーを見ながら食べて、最近味噌汁が好きだ。
遅くまで働き、寝る直前は家賃の表やグラフを眺めたり、新たなグラフをつくったりしていた。平米単価はあえて築年数の差を無視して現時点のもので並べてみても、本件物件はほぼ適切な位置にある、ほんのわずかだけ安く見えもする。それを見せて、ほら少し低いじゃないですか、だから上げないと、と言われたら、まあそりゃそうですよ、築年数加味してないんだから、築年数加味したらこうなりますよね、と見せたら、ウケそうだ。面積の補正の列は余計な論点をもたらしそうだったので消した。遊ちゃんの友だちに今日このシートを見てもらうと、近傍同種比較法のほかにスライド法、利回り法、差額分配法とかも調べてみると面白いかも、とのことで、どういうものかAIに聞いてみると難しそうで、ここには素人が踏み込まないほうがよさそうな気がした。次回はどうせ材料も揃うのだし、交互にではなく顔を合わせて話すみたいなことをしてみたい気にもなった。調停は遅い。しかしAIは反対した。 弁護士さん、あなたが謝罪したら5000円アップを受けますよ、と言ってみたい。この問題がここまで長期化したのはもっぱらあなたが詭弁や論点ずらしに終始したせいです、問題を整理して円滑な進行をすることを最初から最後まで怠ったからたです、あなたが謝罪すれば増額を受けます、と言ってみたい、と思いながら布団に入ると人々はこの男は機会と必要さえあれば、どんなことでもできるし、するだろうと考え、サトペンが治安判事の前に出ると人々が取り囲んで糾弾し、それからコンプソンさん(祖父)とコールドフィールドさんが保釈証書に署名した。あなたの杜撰な仕事の被害者は僕たちだけでなく依頼主もですよ、もっぱらあなたのせいで弁護士費用も時間も労力も増大したわけですよ、弁護士さん、せめてひとつくらいは人の役に立つことをやってみてはいかがでしょうか、と言ってみたい、という昏い欲望を感じながら眠りに就いた。