3月2日(月)
昨日からのどうしようもない疲れがきれいに温存されたまま朝を迎えた。ぐったりしたまま起き上がり、ぼんやりしたまま仕事を始め、体全体がだるい。どうにも気持ちにも張りがなくて、パソコンの前に座って、仕事をしようとしても、両手はキーボードの上に置かれたまま、微動だにせず、画面を見つめ、そうしていると、黄色っぽい山と畑と空があり、雲がたなびいているが全体には明るく、向こうに低い山が連なっている、山が低いのではなく視点が高いのかもしれない、ゆっくりゆっくり、景色が変わっていって、棚田というか棚畑というか、上がり下がりを繰り返す地形で、土の道は車が踏み固めた跡があって、大きな木の下に小屋があるのを見つけた、電柱と電線もあった、どこまでもどこまでも続いていきそうで、それをずうっと、果てるところまで見ていたい、というような気持ちになったがキーボードをどうにかひとつ押すとスクリーンセーバーは終わってたくさんのウインドウが開かれた画面になった。
確定申告臭いよなあ、と私は考えた。
座って、月曜日の仕事をいくつかやって、あれもこれも、やっていきたい、やっていかないといけないことがいくつもあったけれど、障壁がある、という感じが拭えなかった。そして疲労感がとんでもなかった。ストレッチボールを持ってきて、寝そべって、大円筋というあたりなのか、ツボでいうと肩貞というあたりなのか、そこに当てる感じでグリグリとやると、痛くて気持ちがいい。腰の、中殿筋というあたりなのか、そこにも置いて体重を乗せると、痛くて気持ちがいい。立って、踏むと、ものすごく痛くて気持ちがいい。そういうことを繰り返し、お菓子を食べ、仕事に戻るも、すぐに立ち上がり、またお菓子を食べて、まったくダメな人間になっていた。
どうせ確定申告なんだろ? と私は尋ねた。
スーパーに行き、肉と野菜とおせんべいを買った。体が気持ち悪いだけではなくて鼻も詰まっていて、呼吸しづらいというのは苦しいものだった。肩や背中だけでなく腕にも疲れが出ていてモヤモヤした。風呂を沸かして入り、腕を温めた。リヴァプールとウェストハムの試合の続きを見ながら湯船に浸かり、リヴァプールがまた1点を決めて突き放し、ウェストハムがまた1点を返して2点差になり、風呂から上がると2杯目のアイスコーヒーを淹れて、そうだ、確定申告だ、今日一日のこの体たらくは、確定申告という宿題が控えていることに起因しているのだ、と私は認めて、確定申告というものは、やってみたらどうせそんなには掛からないものなんだ、と私は自分に言い聞かせた。「だめだ! いやだ!」とウィルボーンが言った、「そうだ! そのつもりだ! まさにそのとおりだ!」とウィルボーンが言った、「あなた、そんなに怖がってるの?」とシャーロットが言った、するとウィルボーンは「そうだ! そうだとも!」と言った。そして私は立ち上がり、というか座り、去年の日記を探した、すると「去年の日記の記述を探した、すると3時間掛かった、でも時間を食ったのはこういうところだから来年は1時間くらいでできるのでは、と書かれていたのでそういう期待で始めた。作業の大半はQUICPayとかPayPayとかの記録をプライベートの出費にしていくことで、100ずつ並んだところから、プライベートじゃない出費を見つけて経費登録し、一番上に行ったら全部まとめてプライベートの出費の処理をした。これを8回くらい。あとは確定申告作成画面で、家事按分をしたり、保険料とかを入れたり。今年初めてやるのは口座のお金がやばくなったときに一部現金化した投資信託のやつの処理で、ちょっと手間取った。どうしたって分離課税なんですか、というところで。残るはマイナンバーカードを使っての提出、というところまで行くのに1時間くらいだろうか」とあって、そうか、と私は考え、1時間のアラームを掛けて始めた。 たった1時間ですらも続けられなくて、途中でおせんべいを食べにキッチンに行ったり、ストレッチボールを踏みにキッチンに行ったり、忙しく、しかし部屋に戻れば着実に確定申告は進んでいき、結局一番時間がかかったのはマイナンバーカードリーダーをパソコンに繋げるためのUSBハブというのか、そういうやつを探すことで、どうしても見つからず、今日はもうダメかと諦めたところで買ってからそのまま机の上に置かれ続けているグーグルピクセルの箱に、小さな小さなそういうやつが入っていて、挿したら、挿せた。そうするともう、そこはマイナポータルとか、そういうところで、いくつかのパスワードを入れていくと、送信のステータスになって、少しすると、freeeに戻り、提出が完了した、とあった。
遊ちゃんから連絡があって今から帰るということで23時になるところで、職場の人とご飯に行っていたらこの時間になったそうだ。僕は、「確定申告が終わった!」と送った。そしてオーブン焼きを焼き始め、他の仕事をちゃきちゃきと片付けていって、晴れがましい気持ちだった。 遊ちゃんが帰ってきて、僕は晴れやかな気持ちで食事をし、サッカーを少し見、布団に行くとコンプソン氏が手紙を持ってきて、クェンティンとともにベランダにいて、コンプソン氏はベランダに灯っている小さな、汚れた、電球を指さした。
「これどころか、外の明りでさえ、この手紙にとっては、彼らにとっては、明るすぎるかも知れない。そうだ、あの時代の、すでに死んだ時代の人々にとってはな。彼らもわしたちと同じような人間であり、わしたちと同じような犠牲者だが、わしたちとは違った事情の犠牲者で、わしたちより単純で、それゆえ、一個の人間としてわしたちよりも大きく、より英雄的で、それゆえ姿もより英雄的であり、いじけもしなければもつれもせず、明確で単純で、宝さがし袋から手足ばらばらに盲滅法に取り出されてつなぎ合わされたそこらの人間どもとは違って、一度だけ愛し一度だけ死ぬ才能を持ち、無数の殺人と無数の交接と離婚の張本人であると同時に犠牲者なのだ。たぶんお前のいう通りだろう。たぶん今の外の明りより少しでも明るすぎると、これを読むには明るすぎることになるだろう」
ウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!(上)』(高橋正雄訳、講談社)p.131
コンプソン氏が本領を発揮し始めた感。