3月7日(土)
寝汗がひどくて、途中で着替え、また汗をかき、朝になって遊ちゃんにTシャツを持ってきてもらってまた着替え、そのTシャツも汗で重くなって起きる。タオルケットも汗で冷たく重くなっている。そして今日もまた、疲れている。ショック。昨日休んだのに、今日も疲れている? 昨日休んで、今日と明日の2日間をフルに使うんじゃなかったのか、どういうつもりなんた、と自分を苛む気持ちに少しなって、でもまあ、2日あるから、今日は緩めでも、と気を取り直して、Tシャツやタオルケットを洗濯機に入れて回し、アイスコーヒーを淹れて仕事を始め、働いて、しかしどうにも疲れていてダメで、うどんを茹でて、またかけうどんにするか迷ってから釜揚げで食べ、食後も仕事を捗らず、夕方になってから昼寝して、起きると明日シフトに入ることになり、僕の確認ミスだった、予定というか心づもりが狂った、ここまでに仕事を着実に進めてこなかった自分のせい以外なんでもない、情けない、夜になり、スーパーに行く。 鶏肉とかを買って、一度出て、家に戻る途中で「チョコレート」と思ってスーパーに戻り、明治のアーモンドチョコレートを買っていると遊ちゃんから電話があって、スマホが新しくなったようだ、いま駅から歩いているところだそうだ、それなら待とうと思ってスーパーの前に出て遊ちゃんの到来を待ち、遊ちゃんが来て、遊ちゃんはスーパーに用事があったので、僕もついていって、これで3度目のスーパーとなった。遊ちゃんはひき肉とエビを買った。 帰ると遊ちゃんはひき肉とエビをボイルして、ザルにあげて、花椒と何かを振って混ぜた。ワイルド飯だった。それから部屋に入るとiPhoneのいろいろな設定に取り組み、僕はバイクを漕いで、リヴァプールとウルヴズの試合の残りを見てひとつ点を決めてからのウルヴズは雑になるというかミスが多くなり、浮き足立ったところがあったのだろうか、すぐ追いつかれ、ここからどうなるかと思ったが最後の最後でウルヴズが劇的なゴールを決めて勝って、風呂に入ると今度はクリスタル・パレスとトッテナムの試合を始め、これは3対1でパレスが勝つと知ってしまってはいた。トッテナムはホームがアウェイみたいというか、サポーターたちのプレッシャーがすごく強そう、すぐに敵になるというか、味方を威圧してくる印象がある。 上がるとリピーター施策について考えるための現状把握の作業を進めた。結局、新規とかリピートとか、あるけれど、どれだけの比率で、どんな間隔で、どんな分布で、とこが離脱するところなのか、どこが効くところなのか、そういう現状を知らなければ打ち手を考えることもできないわけだった。だから問うべき問いはなんなのかを問う作業をクロちゃんとして、定まると、ソルちゃんに渡し、スクリプトをつくってもらった。
スクリプトを実行して調整しているとチャイムが鳴って、華南子ちゃんがやってきて、遊ちゃんと何かを話していて、それからふたりで僕の部屋に来て、それで3人でああだこうだと話し、途中でキッチンに移動して、オーブン焼きをつくりながら会話が続き、みんないろいろあるものだった。僕はビールを飲んで、それからまたビールを飲んだ。
鶏肉、キャベツ、玉ねぎ、人参、ブロッコリー、ズッキーニ、舞茸、カブ、カブの葉、食べながら、引き続きふたりと話し、話しながら食べたせいか、口の内側を2度ほど噛んで、痛かった。ふたりは明日は西麻布か高尾山で、その前に三軒茶屋かも、という感じで、よくわからない移動だった。ふたりは寝室に行った。サッカーをつけるとトッテナムが先制したが、そのあとファン・デ・フェンが決定機阻止で一発レッドカードとなりPKで、腕を引っ張ったわけだがそんなに強く長く引いているようには見えず、これで一発レッドは気の毒に思ったが、解説者たちはそうは思っていないみたいだったので、気の毒ではない、不用意なプレーだったのだろう、ひとり少なくなったトッテナムはすぐにパレスに追いつかれた。昨日ウォッシュ・ジョーンズに呼ばれたミス・ローザは騾馬でサトペンの百マイル領地に駆けつけて、今日屋敷に着いた。ヘンリーかと思ったらヘンリーではない存在と対峙していた。
そこでわたしは(わたしの体は)まだ止まろうとせず(そうです、それを止まらせるには手がわたしに触れる必要があったのです)――自己暗示にかかっていた哀れなわたしは、起こらなければならないことは起こるだろうし、起こらざるを得ないだろうと、さもなければ生きていることも正気であることも否定しなければならないと、なおも思い込んで、走りつづけ、その測り知れないコーヒー色の顔に向って自分をぶつけようとしましたが、それはサトペンがこしらえ、自分の留守のあいだ自分のかわりを務めるように命じた、彼自身の、冷酷で、執念深く、無心な生き写しで(いいえ、無心ではありません。それどころではありません。なぜならそれは、サトペンの千里眼的意志が、喜々として応じる黒人の血と混ざり合ったためにやわらげられて、道徳を超越した悪が迷うことのない絶対に達した姿みたいだったのです)、その顔を見ていると、闇に閉ざされて気のふれた一羽の野鳥が、死を意味する真鍮のランプに向かって飛び込んで行くのを見ているような気がしました。 ウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!(上)』(高橋正雄訳、講談社)p.206
斜体がずっと続く。これはしんどい。