3月11日(水)
トイレが長引き(しかも成果はなかった)遅刻するかと思ったが遅刻せずに店に着いて、糸数さんがいて、昨日買ってきたウドの話だったか、味噌汁の話だったかをしていたら石岡さんが来られて、たぶん、あれはどのタイミングなのか、着工時か、竣工時か、さすがに着工時か、契約書か何かの書類を交わすときに、荒井さんと一緒に来られ、ドトールとかで話した、その時以来で、だから11年ぶりで、お会いして、今日はハイスツールをつくり足すための現調というかいろいろの確認だった、現調というのは荒井さんから教わった言葉で現地調査だ。 それで既存のハイスツールや座面の様子を見てもらったり、測ってもらったりして、鉄の部分は10年前のデータが残っていたみたいできれいに再現できそうで、背板や座面は少し様子が変わるかもとのこと。脚の部分の鉄の継ぎ目を見て石岡さんは、こういう風合いがいいか、と尋ね、僕は継ぎ目のところが平になっておらず、継ぎ目だとわかるように残されていることに初めて気づいて、知らなかった、荒井さんのこだわりだったのだろうか。 初台のハイスツールはハンドメイドだった。僕が寸法を決めて、それを図面にしてもらい、板金屋さんで鉄の部分をつくってもらい、座面の革は日暮里の繊維街に行って買ってきた、板の部分とウレタンは用意してもらった、ある日椅子張り職人がやってきて、目の前で座面が張られていった。板の上にウレタンが置かれ、革がぐぐっと張られ、パシュパシュパシュとタッカーが打たれていった。背板はヤスリをかけ、オイルステインを塗り、それを取り付けていった。釘は黒っぽいほうがカッコよかったのでハンズで買ってきた黒染め液で着色したのを使った。 帰り際、石岡さんは、最近めっきり目が弱くなった、と話した。
卵を買いに行ったりして、開店してからもすぐには出ずに、うっすら仕事をして、済むと、出て、そば屋さんに入って昼飯を食った。そして、電車に乗り、笹塚での乗り継ぎで高尾山口行きの特急を待って、それが来るとそれに乗った。無事、高尾山温泉に行ってくれるようだ。 調布から高尾山口は近いと思っていたが笹塚から高尾山口はそれなりに遠い感覚で、電車は少し疲れた、車中では仕事をしていたが電車から降りると休日を始め、駅には多めの人がいて、3月の晴れた日、それは高尾山日和なのかもしれない。 高尾山温泉も人が多めかと思ったが、食事処はそうでもなかった、しかし脱衣所は人は多めで、風呂に入るともっと多めだった。露天風呂も人が多く、よく晴れていて、水面から上がる湯煙が陽光に晒されて白く上がり、風に乗ってすーっと流れていく。初めて、雪原で白い煙が流れていく現象と湯煙が同じもので、氷のほうが空気よりも温かいからそこであれが生じるのだと気づき、それが正しいことなのかはわからなかった。隣で話している、マーチがどう、早稲田がどう、文転がどう、そういう話をしている、おそらく一定の賢さというか高めの偏差値を持っているのであろう高校生たちに尋ねてみたらわかったかもしれない。 今日は人がよくしゃべっている日で、山が見えるほうの浴槽に移ると、投球動作について議論をしているふたりがいて、外旋がどう、地面の力がどうと、専門的なことを話していて、一方的な知識の披歴とかではなく相互に疑義を呈したり、言葉の意味を確認したりしながら、それぞれ模索しているらしく、多分、僕以外の人もいくらかの興味を持って聞いていた。
上がると、ウォーターボトルを店に置いてきたことに気づいた。ウォーターボトルに冷水を入れるのが高尾山温泉での通例だったからだ。ないので、湯呑みに水を入れ、そしてビールを買って、隅の席が空いていたのでそこに着いて、まずは読書ではなく考え事の時間とすることにして、ノートパッドを出した。よれた紙が出てきて、見ると、前回来た時の考え事の紙で、読むと、そこに書かれているのはまさに今日考えようとしていたことで、たぶん年末とかだろう、3ヶ月して、同じところに戻ってきたというか、ここに来るまでに3ヶ月がかかったということだった。それで、4月からどういう施策をしていくのかを考えていき、どのセグメントに、何を、的なことだった。1時間くらいやっていろいろ出たし頭も整理された気がする、終えると再び注文のところに行き、ビールと枝豆とフライドポテトを頼んで、レジの内側では今週末のシフトが足りないみたいな相談をしていて、それに気を取られていたのか、レジの人が「枝豆お願いします」と2度伝える必要があった、2度目でその声が通ると、冷蔵庫から枝豆が取り出され、ぞんざいな手つきで僕の前のトレイに置かれた。 それで、ビールを飲み、『アブサロム、アブサロム!』を開いて、ミス・ローザの語りがまだ続いていて、267ページが終わって次のページを開くと左ページが斜体でなくなっているのがわかり、やっと終わりを迎えた、と喜んだ。199ページに始まったから、ミス・ローザは70ページ近く話し続けていたわけだ。
『えっ、死んだって?』とわたしは叫びました『死んだって? あなたが死んだって? あなたは嘘をいっているのです。あなたは死ぬわけがありませんもの。あなたみたいな人は、天国だって迎えてはくれないでしょうし、地獄だってことわるにきまっていますもの!』って。 しかしクェンティンは聞いていなかった。
ウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!(上)』(高橋正雄訳、講談社)p.269
え、えええ〜!? だ。その瞬間、ザゼンボーイズの「ASOBI」が頭の中を流れていき、聞いてなかったが、と僕はつぶやいた。クェンティンは、「なぜなら、彼にもまた通り抜けることのできないものがあったから」聞いていなかったのだそうで、それは、ヘンリーがボンとともに帰ってきたところ、ピストルを持って帰ってきたところだったみたいで、だからそこから聞いていなかったようで、それは202ページくらいのことで、70ページの語りのうち67ページ分くらいは聞いてなかったみたいで、ずっこけて、ウケて、もう一度風呂に行き、サウナに入り、テレビはずっとWBCで、こんなにもWBCなんだ、Netflixでしか見られないWBCを、民放はこんなにも喧伝しているんだ、と私は考えて、それから露天風呂に行き、今度は撮り鉄なのであろう人たちの会話を聞くことになり、どこの駅のなんの電車の車両数がいつ頃変わった、というのが自明のこととして語られていて、ひとりは早口で、この人の語りを斜体で聞くのも悪くないだろう、それが何十ページも続いたとしてもいいだろう、と私は考えて、夜になっていて、空は紺色で、空気はちゃんと冷たくて、山だった。
高尾山温泉を出て電車に乗り、引き続きフォークナーを読みながら帰り、シュリーヴという人物が登場してクェンティンの大学の同級生のようで、ヨクナパトーファ郡からの手紙がケンブリッジの大学の寮に届いた、その手紙は、コンプソン氏が延々としゃべっていた夕方の時間をクェンティンに思い出させた。
その九月の夕方、コンプソン氏がやっと話をやめ、彼(クェンティン)はやっと父の話の外に出て行ったが、出発の時間になったからで、話を全部聞き終わったからではなく、もともとその話をよく聞いていなかったからだ。 同前 p.273
【悲報】クェンティンくん、またもや何も聞いていなかったことが判明。
それはそうと体が疲労感でいっぱいで、体が邪魔だった、体がなければこうはならない、という体ならではの疲労感に包まれていて、陰惨な気持ちになるところもあった。高尾山温泉にもいたロシア語っぽい言葉を話すグループは、高尾で、北野で、少しずつほどけていった。 なんとか帰り着き、スーパーで鉄火巻きとビール。映画かなと思っていた、こんな日は、また映画かな、と考えていて、それで帰り、数分後に遊ちゃんも帰ってきて、美容院に行ってリタッチしてもらってきたのだろう、すっかり黒髪だった。リタッチは、染めた直後に染め直してもらうようなやつだそうで、遊ちゃんは昨日、またウジウジしたことを言うんだけど、髪がまた明るくなってきた、リタッチというのがある、それに行ってこようかと思う、と話していて、だから今日はリタッチだったのだろう、前回行ったときに、アシスタントの男の子が、エヴァンゲリオン経由で聖書にどハマりしているみたいなことを話して、聖具とか、そういう展示に行くのだとか話していて、それがすごく面白かったそうで、今日も聖書の男の子は聖書の話をしただろうか。 今日は先週も一瞬候補になったスピルバーグの『アミスタッド』を見ることにして、見る直前に少しだけ迷ったが、強い気持ちで『アミスタッド』にして、これは見たことのないスピルバーグ映画だった。1839年、アメリカ、奴隷船、反乱、法廷、そういう映画みたいで、部屋を暗くして再生すると、真っ暗の画面で、何かが濡れて光っていて、次第にそれが人の皮膚だとわかり、汗であり、雨であり、血が赤く輝き、痛そうだった。汗だくで、血まみれになりながら、何かをがんばっているようだ。釘みたいなものを抜いている、抜けて、それは鍵で、手錠の鍵を外して、そして自由になった奴隷たちは甲板に上がって反乱を起こした。『白鯨』の船もこんなふうだったのだろうか、『アブサロム、アブサロム!』の舞台の年代とも重なる、人はこんな服装でいたのだな、サトペンもこんな格好だったのだろうか、と思いながら見て、鉄火巻きではなくネギトロ巻きだった、それを食べながら、見て、妙にお腹がいっぱいになった。
最後のほうは少しうつらうつらとして、映画を見ながらうつらうつらとする時間それ自体に郷愁のようなものを感じて、しばらくそのままにして、でも眠かったので、歯を磨いた、そうすると目が覚めて、最後まで見た。清々しく終わったかと思ったら気の毒な終わりでもあった。結局2年、彼らは拘留されていたみたいで、2年、と思い、それで布団に行き、シュリーヴが、南部の話をしてくれよ。南部ではどんなふうなんだい。南部の連中はどんなことをしているんだい。どうして南部なんかに住んでいるんだい。それより、南部人はどうして生きているんだいと聞く同級生たちのひとりであるシュリーヴが、わかった、わかった、と言って、わかった、わかった、わかった、と言って、
「わかった、わかった、わかった。――ところでその年寄りが――その叔母さんのロ――わかった、わかった、わかった、わかった。――その人は四十三年間そこへ行ったことも、その家に足を入れたこともないというのに、だれかがそこに隠れているといっただけでなく、彼女のその言葉を信じて、彼女のいうのが本当かどうかを確かめに、真夜中に馬車でそこまで十二マイルも行ってくれる人を見つけたっていうんだね?」 同前 p.276
「そうだ」とクェンティンは言って、するとシュリーヴは「つまり、そのおばあさんは。祀られている人が多過ぎる霊廟みたいな家庭に育ち、父親と叔母さんと姉さんの夫を憎む以外はなにもすることがなしに、」とミス・ローザの物語を語り始めて、なにも知らないシュリーヴの肉体を物語が支配した瞬間だった。