3月23日(月)
朝になると家中の雨戸が開けられ、ガラガラという音ともに光が寝室にわっと流れ込み、この明るさは調布の寝室にはない明るさだった。 起きて少しすると1on1の時間で、どこでやろうと思った末に寝室で、布団の上にパソコンを置いて、それで糸数さんと話して、カメラに映った僕の背景には襖があって鴨居があって、実家っぽかった。
終えると居間に出て、遊ちゃんも打ち合わせの隙間なのか居間にいて、みんな居間にいた。少しするとお昼の時間でうどんが茹でられてざるうどんで、食後、遊ちゃんとスーパーに行って昨日おいしかったサバの塩焼きの冷凍のやつと、やはり昨日おいしかった七味を買った。大田原は唐辛子の生産量が日本一ということだった。その七味は、青のりが多いんじゃないか、というのが母の見立てだった。 午後は僕は今日は居間のダイニングテーブルで働くことにして、クーポン施策の開始の用意を進めていった。母が昼寝すると言って二階に行き、父もソファでうなだれていて、それはよく知った姿勢で、父はいつもそうやってうとうとした。昨日とおととい、僕もソファで同じ姿勢でいた時間があって、『カンバセイション・ピース』で奈緒子姉とかが何かの姿勢の英樹兄とかを見たときに、お父さんかと思った、完全に一緒だった、みたいに大きく驚く場面があったことを思い出していた。
コーヒーを淹れたら豆の量が少なすぎたみたいで、ずいぶん薄いコーヒーになってそれはそれでおいしかった。
Claude Codeとの仕事が日を追うごとに快適になっていく感じがあった。明らかに、これまでだったらなんとなく後ろにずらしていたタスクを片付ける気になれたりとかが生じ始めていて、どうしてもひとつひとつ教えながらタスクを潰していくため時間がかかるけれども、今そこに費やせば次回からぐっと楽になると思うと希望で、後で複利で効いてくるみたいなやつだと言い聞かせてというか言い訳しながら、改善や調整を繰り返しているが、今日のいくつかはそれが見事に効く感じがあって、目を覚ましてから洋服のカタログを見ていた父がコーヒーを飲むかと言ったのでもらうことにして、飲んで、今度はブリーフィングのやつの改善を進めた。 今日まではタスクの整理と「僕これならできるよ!」「これはもうちょっと情報ちょうだい」というのが書き出される状態だったが、できるやつはそのまま自分で進めてもらう、ということをやってみた。そうすると、 メール関連タスクが多いので、重要なものを並列で取得します。 情報が揃いました。ブリーフィングを書き出します。 ブリーフィング書き出しました。B1〜B6を実行します。 バックグラウンドで3件処理中。その間に B1・B4・B6 を進めます。 バックグラウンドエージェントを待ちながら、B1・B4・B6 をまとめます。 3件全て完了。briefing.md を更新します。 となって、多くのタスクが途中まで進む、みたいな状態ができた。すんごい、と思って5時半で早い夕飯の時間になり、オクラを巻いた豚肉を焼いたやつ、ほうれん草とベーコンとチーズのキッシュ、厚揚げのやつ、味噌汁とかとかが並び、今日も至れり尽くせりだった。荷物をまとめて帰りの準備をし、肩口やポケットが糸が切れてぱかっと開いてしまったところを母にミシンで繕ってもらったコートを着て、車に乗り込み、那須塩原まで送ってもらった。また夏にも行きたい。それより早く行けてもうれしい。いい帰省だった。
思いのほか駅に早く着いたので改札内には入らずに広い待合室みたいなところに行き、そこで「FUKUSHIMA FANTASY」というキャンペーンのポスターを見てああだこうだ言って、神奈川県のたくさんの路線のゆるキャラのポスターを見てああだこうだ言って、そうやって時間を潰してからホームに上がり、やってきた新幹線に乗った。僕は油断から、別に予約しなくてもいいのではと言っていたが、平日の東京行きの7時半の新幹線というのはなかなか混んでいるもので、窓際はもう座れないくらいの感じだった、取っておいてよかった。スーツの人が多く、日帰りの仕事で郡山や仙台という人もきっと多いのだろう。隣の人もスーツで、ずっと寝ていた。僕と遊ちゃんはずっと小声で話し続けていて、途中で急激にお腹が痛くなってトイレに向かうと、この車両にはしゃべっている人が他には誰もいなかった。 腹痛はどうも、嫌な感じで残って、上野に着くあたりでもう一度トイレに行き、東京駅が近づいてきたので切り上げる、というようだった。調布まで無事に帰れるだろうか、途中下車とかもあるだろうかと、少し不安を覚えながら、新幹線を降りて、東京は暑いような気がした。僕の体が変に熱くなっていたのかもしれなくて京王線に乗ると汗が額に浮かんだ。次第に平気な状態に戻っていく感じがあってよかった。 帰ると風呂に入り、遊ちゃんは寝て、僕は仕事に戻って、また遅くまで働いた。料金改定でWebをいじるついでに大橋の店舗ページを、まだ写真がないので簡易な形でつくり、Squareのレジ登録をして、価格変更部分をスプレッドシートに入力してSquare反映の予約をし、月曜にしては上々の進み具合で、もうひとつ、と思っていたらクロちゃんが、リミットに達した、3時まではおやすみね、という状態になって、こういう状態になるのはずいぶん懐かしい感じがした。懐かしい感じがしたし、今日の使い方でリミットに達するものなのか、というのもあって、何かがトークンを使いすぎているとかがあるのかもしれない、ブリーフィングのやつとかは怪しいものだ、調査しないといけない、クロちゃんが眠ってしまった今、調査することはできない。ちょうどいい切り上げ時という感じにもなった。なので布団に入って調布のベッドだ、タオルケットが好きだ、姪っ子がタオルケットを偏愛していることを知って僕はうれしかった、そのまま成長してほしい、僕も愛するタオルケット包まれて、読書灯の明かりで本を開いて、ウォッシュ・ジョーンズが大声で叫んでいて、それから静かに話して、サトペンの旦那は勇敢なんだ、と言った。
(そしておそらくまたもや声に出し、またもやわれを忘れて)『勇敢なんだ! だけど、あいつらはだれ一人、一八六五年に帰って来なかった方がよかっただ』それからあの人の仲間もおらの仲間も、いっそのこと世の中に生まれて来なきゃよかっただ。もう一人のウォッシュ・ジョーンズが一生を目茶苦茶にされて、乾いたとうもろこしの皮みてえに火にくべられるのを見るくらいなら、おらたちは一人残らずこの地上からふっ飛ばされていなくなる方がましなんだ と考えた。その時人々が馬で近づいて来た。彼はその連中が犬と馬を連れて道をやって来るのをじっと聞いており、もう暗かったのでカンテラの明りも見えたに違いなかった。
ウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!(下)』(高橋正雄訳、講談社)p.116,117
それからド・スペイン少佐とのやり取りになって、僕はいまいち、ウォッシュが何をやらかしたのか、つまり、全部でいくつのことをやったのか、その結果どうなっているのか、光景を想像できていないというか、えっと、つまり、そういうこと? という感じで読んでいる。ウォッシュがぶっ壊れたことだけはわかった。