3月28日(土)

起きて部屋で着替えているとちびっこがやってきて、ちょっと待って着替えてるからねと言うと、後ろから華南子ちゃんが、阿久津くんにも人権があるからね、とちびっこに注意した。 もうそろそろ出るということで、もうそろそろというのはきっとまだまだなのだろうと思っていたら、3人が準備万端の格好で廊下にいたから意外に思った。それで出て、少し歩くと僕はウォーターボトルを持ってきたことを悪いことに思い、戻って置いてくると言ったが、カバンに入れたらいいと遊ちゃんも華南子ちゃんも言って、それこそが理由だ、と私は言った。僕は今日はリュックを持っていない、ウォーターボトルは飲むときにだけ手に持つことが期待される、それ以外の時間は誰かのカバンの中に入れることになる、それは人に余計な重みを与える行為だ、それは本意ではない、水を飲みたくなったらペットボトルを買えばよい、そう言ったが、遠慮せずに入れるように言われたのでそうして、それから先はウォーターボトルを持ってもらっていることに思いを馳せる時間は一瞬もなかった。帰るまで忘れた。

武蔵境行きのバスを待ちながら、ちびっこがミニカーをごろごろと走らせながら、見て、見て、と言うので見て、バス停の看板の上を垂直に走らせていて、段差がある。そこにぶつかったときにフロントのところ、前輪のあいだのところに斜めになっている部分があって、それがあることで前に進み、少し車体が持ち上がり、そうしていると車輪が当たってそこから本格的に這い上がる。上がった先の一段高くなった銀色の部分から「武蔵境行き」とかが書かれた白い面に下りるときのことも実演してくれた。こういうのはロバストというんじゃないかなと教え、遊ちゃんが、頑健性、と言い、華南子ちゃんに意味を問われたので、障害があったときにどうにかするみたいなやつと僕が言うと、遊ちゃんが、レジリエンス、と言い、僕はロバストはレジリエンスではなくロバストだ、と言い、ところでレジリエンスというのは僕は使う馴染みのない言葉で、そろそろ使えるようになってみたい言葉でもあった。レジリエンスと、あとは、あれだ、アジリティとか、ポリバレントとか。

バスは最初は座れなくて、しかしわりとすぐに座れるようになって、ぼんやりしながら車に揺られ、途中、桜がきれいなところがあり、学校みたいで、看板があり、開放されているみたいで、調布中学校とあり、校庭の隅っこの、桜の花の満開の下で石段に座る人たちの姿が見えて、とてもいいものに思えた。 武蔵境に着くと駅ビルに入って、食べ物をと思っていたわけだが、最初に焼き鳥屋があり、焼き鳥はいいねとなり、焼き鳥が買われていき、俄然お花見っぽく、楽しみになった。それからセブンでビールとおにぎりとかを買うと小金井公園に行くにはタクシーがいいということでタクシーに乗った。遊ちゃんと華南子ちゃんは先日もふたりで小金井公園に行ったそうで、それは麻布か高尾山に行くと聞いていた日で、ふたりは麻布でも高尾山でもなく小金井公園に行っていたのだそうだ。それでタクシーに乗ると、たしかに徒歩ではとても行けないくらいは車は走って、たしかにみんなでバスに乗るのと同じくらいの金額になって、たしかにタクシーが適しているようだったが、タクシーで公園に行くというのは僕には馴染みのない移動で、公園に行くのにタクシーを使うだろうか、と思いながら降車し、ちびっこがマスカットのアイスをひとつくれたので食べたらすこぶる冷たかった。

小金井公園は広大だそうで、タクシーの運転手も小金井公園のどこにつけるかと聞いてきた。どこから入ったのかわからないが、左手はずっと車の駐車場で、たくさんの車があった。今日明日は桜のお祭りみたいなものが、小金井のロータリークラブとかの協賛でおこなわれているらしかった。ちびっこは早くフリスビーで遊びたい。それでは着いたらフリスビーを2回やろう、その次はご飯だ、と僕は伝えた。 あそこへんでいいんじゃないかと遊ちゃんたちが指したところはまるで桜のないところで、もう少し桜のあるところまで行くと華南子ちゃんが持っていた、さっきは走るちびっこにこれを掴んでいられる範囲で動き回ってよいというパーミッションを与えるのに使っていた、濃緑の布を広げて、広げてみるとそれなりの大きさがあることが知れた。荷物を置くと、柔らかい素材のフリスビーを持ってちびっこが遠くに離れ、そして放った。鋭く地面に当たって、拾って投げてみると、柔らかくない素材のフリスビーよりもコントロールが難しい感じがあった。ちびっこが投げ、僕が投げ、ちびっこが投げ、僕が投げ、これで2回が終わったのでご飯の時間にして、ビールを開けて、ちびっこの靴をドリンクホルダーにしてみたら笑いを取ることができた。彼ももう片方の靴にりんごジュースを入れた。 それから彼は、諏訪には大きな公園がないのだったか、大きな公園があるのはいいという話から、山なんて要らない、全部切って公園にする、みたいなことを言い出し、要らないという響き、全部切るジェスチャー、そのメッセージ、全体がしっかりと面白くて大人たちが笑うと、要らないの列挙にハマっていって、焼き鳥なんて要らない、みたいなところから始まり、言葉なんて要らない、みたいなところまで至り、なかなかよかったが、まだまだ終わらなかったので、大人たちは、もうそんなに面白くないよ、と伝えた。

焼き鳥を食べ、唐揚げを食べ、おにぎりを食べ、それからフリスビーをしばらく続けると公園の奥に進んでいくことにして、歩いた。 途中でおんぶをして歩くことになり、おんぶというのは不慣れな動きなので、これで合っているだろうか、と思いながら、お尻に手を当ててみたり、肘をうまく組んでそこに乗せてみたり、調整しながらおぶって歩き、丘があって、カラフルな橇がそこを滑降していった。さっき通った売店で2000円で売られていたやつだ。その先には登ったり滑ったり渡ったりいろいろと遊びがいのある人工物があって、そこでふたりで遊ぶというか、僕はちびっこの後ろをついていって、広い滑り台の縁に出た。これは大人も滑っていいものなのでしょうかと周りの大人に聞きたい気持ちにもなったが、滑っている大人がいたので、前例に倣う形で滑り、大人の体の重みは、滑りを高速にする。

ひと通り登り降りが済むとまたおぶって、暑くなってきた、おぶったまま売店に行ってハートランドの生ビールが売られていたので買って、売店の裏側の芝生のところに腰を落ち着けた。少し遊ぶと、ちびっこがまた売店に行きたいということらしく、それについていくと、すぐそこの売店じゃなくて、最初の売店を見る必要があるということで、最初の売店は、さっきの人工の小山、橇の丘、ドッグラン、そういうのを全部過ぎて一番最初くらいの場所で、遠いんじゃないかと思ったが、行くということだったので行った。途中でスケートパークがあり、スケボーを嗜んでいるちびっこは興味津々で、最近はオーリーという技を練習しているのだそうだ。みな、上手に、硬い音を響かせながら、滑ったり跳んだりしていた。 けっこう歩いて売店に到着して、何をしにきたのか僕はわかっていなかったが、黄色いシャボン玉のフルーツがなんのフルーツなのかを確認しにきたのかもしれず、遊ちゃんが赤をさっき買っていてそれはイチゴで、ずいぶん強い香りを放つシャボン玉だったが、黄色はパイナップルだった。レモンじゃなく、パイナップルだね、と僕たちは確認して、それで満足したのか戻り、また15分くらい掛けて戻り、さっきハートランドを買った売店の、さっきは外でビールを買ったが中に入り、おもちゃをふたりで検分した。パラシュートとグライダーに惹かれるところがあるようだが遠慮をしていたので、僕がやってみたいから貸してあげようかと言うとコクっとうなずいた。売店はずいぶん並んでいて、レジのオペレーションがうまくいっていないのだろうかと思いながら並び、そうしていると遊ちゃんから着信があって、なかなか戻ってこないので心配したようだった。出たが、楽天モバイルはここでもなかなか弱いようで、会話をすることは叶わなかった。LINEを送ったが、届かなかった。すぐそばにいるはずなのに、通じ合うことができなかった。そう思いながら順番が来るのを待って、買って、外に出て、歩き出すと遊ちゃんと華南子ちゃんの姿があり、あいさつをした。どこまで行っていたのか問われて向こうまで行っていた旨を伝えると驚いて、グライダーを飛ばしやすそうな広々としたところに移動した。 それで、見通しのいい、広いところで、グライダーを出して、それは人形がグライダーのバーを握って水平な状態になっていた。ゴムでぐっと引っ張って解き放つと、飛ぶようになっているようだ。紙飛行機みたいにぴゅーっと飛んでいくのを期待していたがあまりそうはならず、すぐに道に落下した。ゴムを強く引っ張って、解き放つ、この動きはつい先日やっていたもので、甥っ子とつくったハンドクラフトの投石器だった。最近は、ゴムを強く引っ張って解き放ちがちということだ。

全員が公園に満足して、帰ることにした。行きとは違うところから出てバスに乗り、それは東小金井とかに行き、そこから電車でひと駅乗って武蔵境か武蔵小金井かのどちらかに出て、そこから調布に向けてバスに乗って帰り、帰りのバスは僕とちびっこが横並びで、ふたりとも途中から眠りに落ちて、首をかしげて眠った。 バスから降りるとちびっこはまだ眠いみたいで、一歩も歩くのが嫌だ、という姿勢を少し見せ、華南子ちゃんがおんぶをしたり、遊ちゃんがおんぶをしたりした。僕にも回ってくるかと思っていたが、なぜか回ってこなかった。下ろし、遊ちゃんと華南子ちゃんがスーパーに寄ってから帰るということで僕とちびっこで帰り、よく手を洗った。 ふたりが帰ってきて、ババ抜きと七並べをして、トランプはスシローのトランプということで、七並べをすると絵ができて、よかった。それから今日もセットをやって、全部がセットになってこれは初めてのことだそうだ。工作のためにハサミを買う必要が出たのでちびっこと一緒に買いに行き、歩いているとちびっこは、諏訪が好き、諏訪にいる人たちは全員優しい、と話した。 帰ると僕は昼寝をすることにして布団に入って、昼間のビールで眠くなったようだ。2時間くらい寝たかもしれない。起きると、華南子ちゃんたちはそろそろ布団に入るというところで、ソファに座ってぼけっと過ごした。大人が3人ソファに座り、その上にちびっこが横たわる、という時間があった。それから、眠気に包まれつつあるちびっこが甘えるモードになって、それぞれにぎゅーっと抱きつく時間があり、最後は頬にチュッとしてきて、それでおやすみとなった。 眠気と疲れがまとわりついていて、ぼんやりした気持ちのまま、そこにいて、夕飯を華南子ちゃんがつくってくれたそうで、鶏肉のオーブン焼きと白菜のくたくたがあった。遊ちゃんによると白菜は一枚ずつにオリーブオイルと塩を塗り込んで、それでフライパンで蒸し煮みたいにしたらしく、甘くておいしかった。漬物も出して、それでご飯をいただいた。 いくつかだけ仕事をして今日は早く寝て、と思っていたが仕事を始めたら結局1時は過ぎていて、明日は一日シフトなので早く長く寝たい。布団に入ると二人は互いに見つめていた。

というより、にらみ合っていた。話しているのはシュリーヴだったが、二人の故郷のあいだに介在する緯度の違いがもたらしたわずかな違いを(語調とかアクセントの違いではなくて、いいまわしと言葉遣いの違いを)別にすれば、話しているのはどちらでもよく、ある意味では二人ともが話していることになった。なぜなら、二人は一人になって考えており、たまたまその考えを話している声は、声となって聞こえるようになった思考に過ぎなかったからで、彼ら二人は自分たちのあいだに、昔話の取るに足らない切れっぱしから、たぶんどこにも決して存在しなかった、影に過ぎない人々を、しかも実際に生きて死んだ肉体を具えた人間の影ではなくて、もともと亡霊だったものの(少なくとも二人のうちの一人には、シュリーヴにはそう思えた)影を、白い息となって眼に見えるささやき声のように静かに、生み出していた。真夜中の鐘が、雪に閉ざされた閉めてある窓の向うで、美しく、ゆっくり、かすかに鳴り出した。 ウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!(下)』(高橋正雄訳、講談社)p.136

3月29日(日) ↓