4月8日(水)

眠い眠い眠い。お腹も空いた。遊ちゃんと家を出て、朝からにぎやかに楽しく話して、僕たちはなんて楽しいのだろうと思う。ひとまず質問事項だけ読んでもらい、それから、僕が、裁判上等の姿勢で行っていいんじゃないかという話をして、弁護士を立てずに裁判をやった場合の、ケース別の費用概算を伝え、遊ちゃんが、阿久津くんはそれは、家賃を上げたくないのか、論理でやり切りたいのか、と問い、それは不可分だが、家賃についてだって上げないで済むなら上げたくない、僕は月の固定費が増えるのが怖い、情けないが怖い、そう話してから、しかし裁判になって最終的に多少の増額が認められて、そこで不動産鑑定の費用も按分される、その額を考えたら数千円の増額に先に着地させちゃうほうがコストのパフォーマンスでいえばいいとも言えると気づき、それに対して裁判になって小さくない労力を掛けるバカらしさも際立ち、裁判はダメだ、という姿勢になった。一方で遊ちゃんは裁判になって僕たちが見逃している側面があって数万円の増額になったら、ということとかを恐れていて、可能性ということでいえばもちろんゼロではないだろうけれどこの表を見たらかなり無理があることがわかるはずだが、と言うが、それはわかるけれど、しかしそれでもなお、ということで、高幡不動だった、歩きながら、僕はウケて、これか。これが裁判という言葉や弁護士という存在それ自体が持つ抑止力なのか。それがちらつくことで多くの人が引くと聞くが、これがそれなのか、といい、 「そうだ」と遊ちゃんはいった。 そもそも向こうにカードがないこと、向こうのリスク、向こうの立場を一度考えてみたほうがよくて、向こうは裁判に進んだら勝ち目の限りなく薄いものに何十万も支払う、その結果として得られるのはこんなものだ、そんな分の悪い賭けに出るのは愚かだ、出ないで済むなら出たくないというのが向こうだ、僕たちが強い立場にいるという認識は把持すべきだ、そう話しながら駅のホームに立ち、ただ、モノレールに乗り換えて話していたら笑い話ではなくなっていき、どっちが強いとかではない、むしろこちらが強いならばそれも怖さだ、裁判になってさらに長いことこれに気を取られなければいけないことが無理だし、何より誰が無敵の人化して脅威をもたらすかわからないのが怖い、というようなことが話され、それだったらこの金額がこの金額になることくらい、と遊ちゃんが言い、僕はその金額差を軽く見る発言に、僕は怯む金額だ、それをそう簡単に言われるのは僕は傷つくと言い、このとき僕は遊ちゃんの恐れを受け止めきれていなくてそれを捨象して話していることに気がついていない。高松で降りてからも重い空気で、いけない、これはいけないと思い、互いの実存の脅かされについて確認し、たしかに僕は裁判上等はおかしかった、これはやめよう、その上でしかしやはりこの金額は今は飲めないだろう、僕たちの上限はここだろう、あそこまで歩み寄ったらいけないだろう、まず出すカードはこれで、こう刻むべきだろう、そう話してから裁判所に入り、3度目ともなると金属探知機をくぐるのも手慣れたもので、帰ってきたよ、という気分すらある。 相手方の待合室で待っていると人が来て、先に申立人のターンとのこと。質問事項を持ってきたと僕。すべては読めないから後でとのこと。最初のターンは妙に時間がかかって30分以上待ち、呼ばれるとさっき呼びにきた人で、テーブルのレイアウトが、これまでは僕たちと調停委員の席はけっこう離れていて、就活の面接のイメージとして浮かびそうなやつと同じ距離感だったが、今回はひとつの島になっていてぐっと距離が縮まり、しかし僕たちが信頼する市民派弁護士の姿はなく、遊ちゃんが毛嫌いし、「お」に強勢を置いて「おじ」と呼ぶ傲慢で人の話を聞かないおっさんの姿もなく、「おじ」は遅れているらしい、市民派弁護士は年度の切り替わりのタイミングで退任か何かをしたらしい、僕は僕たちはこれはショックで、あの人が調停をしてくれたから窓口変更が実現された。新しい人は、書面で引き継がれているがすべて把握できているわけではないが、と言い、これは賃料増額が争点ということでいいのですよねと、賃料増額調停で出る質問とは思えない質問から始まって僕は僕たちは不安だった。それで簡単に経緯を説明したが、「えーえーえーえー」と強めの声の相槌を打つ人で、聞こうとしてくれることはいいが、もう少し相槌は少なくてもいい。それにやはり理解がおぼつかない感じで、コンテキストを十分に与えられていないAIと話すような頼りなさで、人間ではなく、10秒もあれば提出資料を全部飲み込んでくれるAIのほうがよほど適切に調停してくれるのではないか、と思ったのはその後のことだが、とにかくおぼつかない感じで、ただここでいいことをひとつ聞けて「おじ」は不動産鑑定士だった。では「おじ」にはあれを聞いてみようと頭の中にメモをして、それで資料を渡して質問をひとつずつ洗っていると不動産鑑定士がやってきて席に着くと片方が現状を説明し、「おじ」は相変わらず拙速な感じで頼むから話を聞いてから話してくれと思い、聞くことのできない調停委員にいったいどんな仕事ができるのかと思い、ともあれ不動産鑑定士である「おじ」には僕たちが試算に使った経年の減価と面積の補正のパーセンテージの妥当性について尋ね、それはおおむね妥当なものということがわかったのはよかった。ただもちろん調停は「おじ」を納得させる場所ではなく、まだだ、まだだ、まだここでカードを切ってはいけない、まだいけない、BATNAだ、ZOPAだ、そう思い、「おじ」は質問事項についてこんなの向こうもいきなり聞かれても答えられないよと言うがこんなものは想定問答の範疇だろうがと私は考え、ひとまずはこれに答えることだ、いま出されたものではまったく値上げは説得されない、もうここまで来たら直接話したほうがいいんじゃないか、合理でやれないんだったら話すしかないだろう、僕たちは聞く耳は持っている人間だ、事情があるなら聞くつもりだ、だからそう伝えてくれないか、というところで僕たちのターンを終え、待合室に戻り、トイレに行って戻ってくると廊下の向こうから弁護士と貸主が歩いてくるのが見え、お辞儀をした。 再び僕たちのターンで、話し合いは却下され、そして、質問事項には答えない、ということが伝えられた。僕はやはりここなのだろう、カーっと頭に血がのぼる、ブチ切れるかと思う、これがダメだ、対話の拒絶、説明の拒絶、言葉を尽くすことの拒絶、それが僕に触れる。向こうは1万増額が下限だ、そちらの金額を提示しろ、それがすべてらしく、ジャンケンじゃないんだぞと僕は思い、ジャンケンじゃねえんだぞと僕は思い、なんにも言ってないなんにも言ってないなんにも言ってないなんでこんななんにも言ってないなにも言わないことがまかりとおるのかまったくわからないと思い、でもここで突っぱねてもいい展開はないのだろう、3000円、と僕は僕たちは言い、何も説得してこない以上3000円だ、上限は5000円だ、と僕は僕たちは言った。 もう一度向こうのターンになり、それから調停委員がやってきて、この日は予定はどうかと次の調停日の確認をしにきて、再び部屋に行き、もう一度調停があるかもしれないし、向こうが取り下げるかもしれない、取り下げて裁判に行くことを選ぶかもしれない、そういう話だった。伝書鳩なのか?と僕は僕たちは思い、今日あなたたちは伝書以外のことをしたのか?と僕は僕たちは思い、最低のファシリテーションだと僕は僕たちは思い、裁判所を出て、しかし僕はこれは裁判にはならない、と思っている。このタイミングで1万下限というカードを出したということはそこは下限じゃないからだ、そして僕たちは5000円を出した、ということは向こうは「あと5000円の増額のために数十万を払うべきか」という問いを突きつけられているということで、あまりにもバカげたことだからだ。しかし、と遊ちゃんは思い、そして僕もそれは懸念するが、バカは底なしなのではないか、という問題だ。底なしのバカの動きは予期不能だ。まったくの無軌道と正しく付き合う方法は存在しない。世界が今トランプに右往左往させられているのと同じように。バカで、恥という概念を知らず、誠実さという言葉なんて聞いたこともない存在を前にしたとき、人は無力というか難しいものだ。遊ちゃんは裁判になるのは本当に嫌だ、けっこうこの状況は無理だ、と言い、それを聞くと僕も、もう、飲んじゃうべきなのかもしれない、と思い、そう言い、立川北で僕は降りてそこで別れ、ルミネの喫煙所に行くとタバコを2本、立て続けに吸った。

中央線の快速とか特快とかがわからない。目の前にあった快速とかに乗って、これはもしかしたら遅い電車なのかもしれない、途中の三鷹とかで別の電車が追い越していって、けっこうな時間をかけて四谷まで出た。丸の内線で四谷三丁目に行き、交差点のところに蕎麦屋が見えたので入って、天丼セットで、天丼はおいしく、蕎麦は少なかった。 朝は冷えていたのでおとといとかに寒い思いをした反省から真冬の格好で出たが日中は日差しが強く、信号待ちでは日陰の中にとどまる、ということを自然にしていて、今年もまた暑さがやってくる、と私は考えた。 向かうのは機材のレンタル屋さんで、東京機材レンタルとかそんな名前だった。大通りを歩いていくと「東京レンタル」という看板が向こうに見えたのであそこだと思ったらそこはレンタルではなくて東京メンタルだった。レンタルはもう少しだけ行った先にあり、いくつかの手続きのあと、単焦点レンズとフィルターを借りた。それから丸の内線と小田急線で下北沢に行って店に行くと瀬崎くんがカメラと三脚を出してくれて、カメラは獅子田さんに連絡してボーナストラックのやつを借りていた。ソニーのα6400で、レンズはFE 35mm F1.4 GM、そして可変NDフィルター、ジェミちゃんによるとこれで「とろけるようなボケ」が撮れるということで楽しみだった。

初台に移り、佐藤くんが風邪っぴきで夜番に入ることになった、店に行くと暇な日のようで、機材と上着を置くとドトールに行って懸命に働き、7時に糸数さんと交代をして夜はちょこちょことお客さんがあった、みなさんゆっくり過ごしていていい時間があった。ページ数割の告知をし、それから効果測定の設計をして、今日は長い一日だ、下北沢の伝票が届いてひどい日で、初台もダメだし、月曜はよかったが昨日今日はひどいものだ、値上げの影響だろうかと短絡で考えるが、そんなものはもう少し見てみなければわからないし、たとえ値上げでちょっとした身構えがいま生じたとしても、きっと戻ってきてくれる。再びこの時間を恋しく思ってくれるだろう、そう信じ、願うように信じ、ビールを飲んだ。

帰り道で調停がらみのことをジェミちゃんと話しながら歩いているとむくむくと腹立たしい思いが強まっていくのを感じてまたビールを飲んだ。今日は塩焼きそばにすることにして豚肉、キャベツ、長ネギ、人参、ブロッコリー、椎茸、舞茸だ、こしらえ、リーズとウェストハムの試合の続きをぼんやり見ながら食べていると田中碧がゴールを決めて、この展開で中盤の位置からゴール前までするすると入り込んでいくものなのだな、と思い、長い距離を走った、ずいぶん攻撃的なボランチだった、素敵なゴールだった。 長い一日だったし、感情を使う一日でもあった、疲れ、酔っ払い、布団に入ると火事が起きているようで、燃え盛る火の中でクライティの姿がぼおっと浮かんで、家が焼け落ちていき、そうか、燃えたか、と思い、すぐに寝落ちした。

4月9日(木) ↓